2011年08月01日
2011年04月07日
2011年04月07日
2011年04月07日
2011年04月07日
2011年04月07日
2011年04月07日
2011年04月07日
2011年04月07日
2011年01月05日
『鬼』写真集 ご購入お願い致します。

『鬼 ――沖縄のもの言う 糞から金蠅』写真集がこの程出版しました。
金城実事務局か憲法9条・メッセージ・プロジェクトで随時販売いたしますのでご購入よろしくお願い致します。
憲法9条・メッセージ・プロジェクト
= http://www.k3.dion.ne.jp/~k-9mp/
とよチャンネル
『鬼』写真集 出版記念対談(金城実×柴野徹夫)
= http://toyoanneru123.ti-da.net/e3281932.html
2011年01月05日
『彫刻家 金城実の世界』豊里友行写真録の第二版発行!!
『彫刻家 金城実の世界』豊里友行写真録の第二版発行!!
この度写真の差し替えを2点と2点新規の写真を載せる。
豊里友行の「あとがき」も追加し頁数も増えた。
ぜひ購入してください。
『彫刻家 金城実の世界』豊里友行写真録の第二版発行!!
= http://toyoanneru123.ti-da.net/e3192464.html
この度写真の差し替えを2点と2点新規の写真を載せる。
豊里友行の「あとがき」も追加し頁数も増えた。
ぜひ購入してください。
『彫刻家 金城実の世界』豊里友行写真録の第二版発行!!
= http://toyoanneru123.ti-da.net/e3192464.html
2010年08月02日
金城 実 展「闘いの美学―沖縄、島の土から」
古川美佳 連続企画「21世紀の東アジア文化論」vol.4
金城 実 (Kinjyo Minoru) 展
「闘いの美学―沖縄、島の土から」
下記のGALLERY MAKI の各種イベントにもぜひご参加ください。
GALLERY MAKI
期間:8月6日(金)〜8月21日(土)
開廊:12時~19時
休廊:日曜日 ただし8月7日(土)は休廊
GALLERY MAKI
= http://www.gallery-maki.com/2010/07/26/mika-v4_kinjyo/
金城 実 (Kinjyo Minoru) 展
「闘いの美学―沖縄、島の土から」
下記のGALLERY MAKI の各種イベントにもぜひご参加ください。
GALLERY MAKI
期間:8月6日(金)〜8月21日(土)
開廊:12時~19時
休廊:日曜日 ただし8月7日(土)は休廊
GALLERY MAKI
= http://www.gallery-maki.com/2010/07/26/mika-v4_kinjyo/
2010年06月24日
「戦後 沖縄の民衆の闘いを彫刻化した男・金城実」山内 徳信
「戦後 沖縄の民衆の闘いを彫刻化した男・金城実」
参議院議員 山内 徳信
この度、「彫刻家 金城実の世界」豊里友行写真録が発刊されることを喜び、序文を書くことになった。金城実は彫刻の世界にすべての情熱を傾け、豊里友行は写真に人生をかけている。二人とも沖縄への思い、平和への思いは同じく深いものがある。
1.権力の暴走を拒む 政治と民衆の力
沖縄民衆の苦悩はいつ果てるともなく続いている。今年は薩摩の琉球侵攻401年(1609年)、琉球処分131年(1879年)、米軍占領から65年(1945年)、「基地の島」として屈辱の歴史が続いている。日本の一県(1972年日本復帰)とはいえ、政治的な差別と犠牲は果てしなく続いている。沖縄県民がそれに甘んじて屈している訳でもないのだが、戦争の結果としての犠牲があまりにも大きすぎるのである。
今(2009年~10年)、日米両政府を相手に「普天間飛行場の即時閉鎖返還、辺野古新基地建設計画」反対阻止を目指して、沖縄の民衆をはじめ、ヤマトの闘う平和、市民労働団体は鳩山連立政権を誕生(2009年9月)させ、大きな喜びと期待をかけ、闘い続けてきた。
新政権の外務、防衛両大臣は、その器にあらず、沖縄の基地負担の軽減、犠牲を取り除くという気概も全く感じられない。アメリカ政府と正論(沖縄の犠牲、沖縄の民意、全国の在日米軍基地の約75%が沖縄に集中)をもって闘う迫力も知恵も勇気もなく、アメリカ恐怖症になって、旧政権と同じく「辺野古ありき」、「12月決着論」をうそぶくありさまであった。私は沖縄を犠牲にする奴が誰であろうと頭は下げない。抵抗する社民党と民衆の力を押し切ることは出来ず、遂に年を越して2010年5月を目途に「普天間の移設先」を国外・県外にも広げ、連立3党検討委員会で決定することが確定された。暮れの12月28日第1回検討委員会が開催された。従来の自公連立政権とは違う新政権の「政治主導」による開かれた政策決定が国民の目に見えるようになった。
この背後にある力は何か。まさに抵抗する民衆の力が政治家を通して政治を動かしているということである。「院内と院外の力」が幾重にも結集すれば「日米両政府が合意」した辺野古新基地建設計画をもSTOPをかけることが出来たのである。その計画が不当、不公平、不平等、政治的差別に立脚するものであれば、中止、変更、廃止させる力を民衆は持っていることを体験的に学んだ。
2.反骨の彫刻家 金城実の世界
以上、現実の政治の場における闘いの「民衆力」と政治の関係を書いた。次に、「彫刻家 金城実の世界」について触れてみたい。もとより私は彫刻については門外漢である。豊里友行カメラマンが、金城実の97点に及ぶ作品を一冊にまとめ後世に伝えようとする壮大な計画に賛同するものである。沖縄における彫刻文化の一大運動となるであろう。この本の出版が多くの人々に感動を与え、沖縄における彫刻文化の新しい風を吹かす一助となることを信じ期待している。豊里君は金城実の作品群に魅了されたウチナー青年の一人だ。神出鬼没、折にふれ金城実の作品の前にカメラを担いで現れてきた。彼の仕事の中で、今回の「写真録」の出版作業は全精魂を傾けたものである。こうして「彫刻家」と「写真家」の魂が渾然一体となって一冊の本となり世界へ頒布されることになる。これ以上の心強い文化運動はない。豊里君のご奮闘に心から敬意を表したい。
金城実が人生の最終的な仕上げとして選んだのが「彫刻」という創作運動であった。そこに行きつくまでの人生の体験は並みのものではなかった。幼少の離島苦、父親は日本帝国軍人として戦死し、彼は父親の顔を知らない。戦後の米軍占領下の沖縄の苦悩を体験し、パスポートを懐にヤマトへ渡り苦学生として、又、本土における様々な差別体験、高校の英語教師を勤めながら、被差別部落や在日朝鮮人の生徒達や集団就職で本土に渡った沖縄出身の青年たちの苦悩を自らの苦悩として、たえず弱い者、いじめられている者の味方となって闘ってきた。その教師の道にもピリオドを打ち、彫刻家の道へと大転換をしたのである。創作活動の前半は関西を拠点に、その後、沖縄(読谷村)に創作の場を移したのであった。
70年代後半から80年代初頭に、「戦争と人間」キャラバン隊を組織し1年余り、82回に及ぶ全国彫刻移動展を開催したのは有名な話である。その最後の展示会場になったのが読谷村(福祉センター)であった。彼は読谷村を創作活動の拠点にして「残波大獅子」、「長崎平和の母子像」、「チビチリガマ世代を結ぶ平和の像」を民衆と共に作り上げ、更に100メートルレリーフ制作に取りかかり、遂に2007年の夏、読谷飛行場(米軍基地から返還された)の滑走路跡地を利用しての大展示となった。正に型破りの展示は民衆の注目をひいた。
金城実の作品の基底を流れている思想は「反軍反戦」である。沖縄戦の凄惨な地獄を知り尽くした一人の沖縄人として、戦争の徹底した告発である。戦争を憎みそれを拒否し、民衆へ襲いかかる国家権力への限りない抵抗の作品である。
沖縄戦では、日本軍は遂に県民に襲いかかるという沖縄戦の実相、軍隊は国民を守るものではなく、民衆にとっては敵そのものである。そのことを作品は訴えている。1950年代、アメリカ占領軍は沖縄を「基地の島」、「極東の不沈空母」、「発進攻撃基地」にするため、住民の土地や家屋敷を接収するため銃剣をつきつけ、ブルドーザーで破壊していったのだ。世に言う「銃剣とブルドーザー」で住民に襲いかかったのであった。沖縄の民衆は決起し抵抗をした。これが世に言う「島ぐるみの闘い」なのである。
金城実作品は、沖縄の戦後史、抵抗する民衆の姿を彫刻で表現しているのである。象徴的なものとして「銃剣とブルドーザー」の前に敢然と立ちはだかって抵抗する民衆の姿。異民族統治(米軍支配)による住民差別と人権無視を糾弾する「コザ民衆蜂起」、民衆の先頭に立って闘い抜いてきた象徴的人物像、海を越えて日本に連行されてきた朝鮮半島出身の軍夫の「恨(ハン)之碑」 など、金城実の創作活動は民衆に支えられ、民衆との共同作業によって作り上げていく庶民派反骨の彫刻家である。金城実は沖縄の彫刻史、日本の彫刻史に燦然と輝く存在である。出版を記念して、海勢頭豊のギターにのせた金城実のサンジャクモーイを記録に残しておきたい。
(2010年1月10日) (『彫刻家金城実の世界』豊里友行写真録より)
『彫刻家 金城実の世界』豊里友行写真録の豊里君の行商開始!
http://toyoanneru123.ti-da.net/e3008580.html
参議院議員 山内 徳信
この度、「彫刻家 金城実の世界」豊里友行写真録が発刊されることを喜び、序文を書くことになった。金城実は彫刻の世界にすべての情熱を傾け、豊里友行は写真に人生をかけている。二人とも沖縄への思い、平和への思いは同じく深いものがある。
1.権力の暴走を拒む 政治と民衆の力
沖縄民衆の苦悩はいつ果てるともなく続いている。今年は薩摩の琉球侵攻401年(1609年)、琉球処分131年(1879年)、米軍占領から65年(1945年)、「基地の島」として屈辱の歴史が続いている。日本の一県(1972年日本復帰)とはいえ、政治的な差別と犠牲は果てしなく続いている。沖縄県民がそれに甘んじて屈している訳でもないのだが、戦争の結果としての犠牲があまりにも大きすぎるのである。
今(2009年~10年)、日米両政府を相手に「普天間飛行場の即時閉鎖返還、辺野古新基地建設計画」反対阻止を目指して、沖縄の民衆をはじめ、ヤマトの闘う平和、市民労働団体は鳩山連立政権を誕生(2009年9月)させ、大きな喜びと期待をかけ、闘い続けてきた。
新政権の外務、防衛両大臣は、その器にあらず、沖縄の基地負担の軽減、犠牲を取り除くという気概も全く感じられない。アメリカ政府と正論(沖縄の犠牲、沖縄の民意、全国の在日米軍基地の約75%が沖縄に集中)をもって闘う迫力も知恵も勇気もなく、アメリカ恐怖症になって、旧政権と同じく「辺野古ありき」、「12月決着論」をうそぶくありさまであった。私は沖縄を犠牲にする奴が誰であろうと頭は下げない。抵抗する社民党と民衆の力を押し切ることは出来ず、遂に年を越して2010年5月を目途に「普天間の移設先」を国外・県外にも広げ、連立3党検討委員会で決定することが確定された。暮れの12月28日第1回検討委員会が開催された。従来の自公連立政権とは違う新政権の「政治主導」による開かれた政策決定が国民の目に見えるようになった。
この背後にある力は何か。まさに抵抗する民衆の力が政治家を通して政治を動かしているということである。「院内と院外の力」が幾重にも結集すれば「日米両政府が合意」した辺野古新基地建設計画をもSTOPをかけることが出来たのである。その計画が不当、不公平、不平等、政治的差別に立脚するものであれば、中止、変更、廃止させる力を民衆は持っていることを体験的に学んだ。
2.反骨の彫刻家 金城実の世界
以上、現実の政治の場における闘いの「民衆力」と政治の関係を書いた。次に、「彫刻家 金城実の世界」について触れてみたい。もとより私は彫刻については門外漢である。豊里友行カメラマンが、金城実の97点に及ぶ作品を一冊にまとめ後世に伝えようとする壮大な計画に賛同するものである。沖縄における彫刻文化の一大運動となるであろう。この本の出版が多くの人々に感動を与え、沖縄における彫刻文化の新しい風を吹かす一助となることを信じ期待している。豊里君は金城実の作品群に魅了されたウチナー青年の一人だ。神出鬼没、折にふれ金城実の作品の前にカメラを担いで現れてきた。彼の仕事の中で、今回の「写真録」の出版作業は全精魂を傾けたものである。こうして「彫刻家」と「写真家」の魂が渾然一体となって一冊の本となり世界へ頒布されることになる。これ以上の心強い文化運動はない。豊里君のご奮闘に心から敬意を表したい。
金城実が人生の最終的な仕上げとして選んだのが「彫刻」という創作運動であった。そこに行きつくまでの人生の体験は並みのものではなかった。幼少の離島苦、父親は日本帝国軍人として戦死し、彼は父親の顔を知らない。戦後の米軍占領下の沖縄の苦悩を体験し、パスポートを懐にヤマトへ渡り苦学生として、又、本土における様々な差別体験、高校の英語教師を勤めながら、被差別部落や在日朝鮮人の生徒達や集団就職で本土に渡った沖縄出身の青年たちの苦悩を自らの苦悩として、たえず弱い者、いじめられている者の味方となって闘ってきた。その教師の道にもピリオドを打ち、彫刻家の道へと大転換をしたのである。創作活動の前半は関西を拠点に、その後、沖縄(読谷村)に創作の場を移したのであった。
70年代後半から80年代初頭に、「戦争と人間」キャラバン隊を組織し1年余り、82回に及ぶ全国彫刻移動展を開催したのは有名な話である。その最後の展示会場になったのが読谷村(福祉センター)であった。彼は読谷村を創作活動の拠点にして「残波大獅子」、「長崎平和の母子像」、「チビチリガマ世代を結ぶ平和の像」を民衆と共に作り上げ、更に100メートルレリーフ制作に取りかかり、遂に2007年の夏、読谷飛行場(米軍基地から返還された)の滑走路跡地を利用しての大展示となった。正に型破りの展示は民衆の注目をひいた。
金城実の作品の基底を流れている思想は「反軍反戦」である。沖縄戦の凄惨な地獄を知り尽くした一人の沖縄人として、戦争の徹底した告発である。戦争を憎みそれを拒否し、民衆へ襲いかかる国家権力への限りない抵抗の作品である。
沖縄戦では、日本軍は遂に県民に襲いかかるという沖縄戦の実相、軍隊は国民を守るものではなく、民衆にとっては敵そのものである。そのことを作品は訴えている。1950年代、アメリカ占領軍は沖縄を「基地の島」、「極東の不沈空母」、「発進攻撃基地」にするため、住民の土地や家屋敷を接収するため銃剣をつきつけ、ブルドーザーで破壊していったのだ。世に言う「銃剣とブルドーザー」で住民に襲いかかったのであった。沖縄の民衆は決起し抵抗をした。これが世に言う「島ぐるみの闘い」なのである。
金城実作品は、沖縄の戦後史、抵抗する民衆の姿を彫刻で表現しているのである。象徴的なものとして「銃剣とブルドーザー」の前に敢然と立ちはだかって抵抗する民衆の姿。異民族統治(米軍支配)による住民差別と人権無視を糾弾する「コザ民衆蜂起」、民衆の先頭に立って闘い抜いてきた象徴的人物像、海を越えて日本に連行されてきた朝鮮半島出身の軍夫の「恨(ハン)之碑」 など、金城実の創作活動は民衆に支えられ、民衆との共同作業によって作り上げていく庶民派反骨の彫刻家である。金城実は沖縄の彫刻史、日本の彫刻史に燦然と輝く存在である。出版を記念して、海勢頭豊のギターにのせた金城実のサンジャクモーイを記録に残しておきたい。
(2010年1月10日) (『彫刻家金城実の世界』豊里友行写真録より)
『彫刻家 金城実の世界』豊里友行写真録の豊里君の行商開始!
http://toyoanneru123.ti-da.net/e3008580.html
2010年03月17日
戦世から沖縄世まで 彫刻家 金城実の世界」豊里友行写真展
イクサユ ウチナーユ
「戦 世 から 沖 縄 世 まで
彫刻家 金城実の世界」豊里友行写真展

場所:南風原町立南風原文化センター
〒901-1113 沖縄県島尻郡南風原町喜屋武257
℡:098(889)7399 FAX:098(889)0529
2010年4月3日(土)~4月13日(火)
9:00AM~6:00PM *休館日:毎週水曜日
*4月3日(土)午後6時より『彫刻家 金城実の世界』豊里友行写真録出版祝賀会参加日2千円
主催:南風原町立南風原文化センター
「戦 世 から 沖 縄 世 まで
彫刻家 金城実の世界」豊里友行写真展

場所:南風原町立南風原文化センター
〒901-1113 沖縄県島尻郡南風原町喜屋武257
℡:098(889)7399 FAX:098(889)0529
2010年4月3日(土)~4月13日(火)
9:00AM~6:00PM *休館日:毎週水曜日
*4月3日(土)午後6時より『彫刻家 金城実の世界』豊里友行写真録出版祝賀会参加日2千円
主催:南風原町立南風原文化センター
2009年10月10日
「彫刻家 金城実の世界」豊里友行写真録 刊行のためのお願い

「彫刻家 金城実の世界」豊里友行写真録
刊行のためのお願い
そもそもこの写真集は、被写体となった高さ3m×134mの「100mレリーフ」を10年かけて完成した。その道のりの記録である。
「戦争と人間」がテーマであった。
沖縄戦体験者としての筆者が未来に伝える遺産である。
豊里友行君の写真を通じ未来の者たちに伝えられて行くことを心から願う。
彫刻家 金城実
賛同金の応募を締め切りました。
ありがとうございます。
豊里友行写真集発刊実行委員 募集中!!
= http://toyoanneru123.ti-da.net/e2751336.html
2008年05月24日
金城実 「戦争と人間」常設展示の恒久設置に向けて
金城実 「戦争と人間」常設展示の恒久設置に向けて
出資金のお願い 事務局長 服部良一
読谷飛行場跡地での100mレリーフ「戦争と人間」大展示会が終了してはや1年がたちました。
またアトリエ横のその制作場所の土地の購入手続きも無事完了し、「戦争と人間」の恒久設置に向けて整備をしていきたいと考えています。
決して本格的な美術館をつくるわけではありません。
今後とも末永く皆さんに気楽に訪れて見て頂ける場所にしていただきたいという思いからです。
今、石の彫刻にも取り組んでいる金城さんですが、この新しいスペースの完成のために皆さん、金城さんとともにもうひとがんばりしてみませんか?
1、目的 (1)アトリエ横敷地(150坪)に100mレリーフ「戦争と人間」を恒久設置する。
(2)現在あるすべての作品の展示・保管・補修を行う。
2、名称 完成までに公募して決める。
3、出資金・カンパ 目標額 1500万円
内訳 建設整備費・維持管理費に充てる。
(1)賛同出資金一口1万円を募る。ただし返却はしないものとする。
(2)特別出資金一口10万円以上を募る。
5万円を超える金額については返却を希望する場合は、運営委員会の承認を必要とする。
(3)任意のカンパを募る。
4、運営
(1)特別出資金者の中から推薦または互選により運営委員を選任し、適時運営委員会を開催し運営にあたる。またすべての出資金者に対し、運営状況と会計報告を行う。
(2)運営委員会には次の役員を置く
顧問 数名 代表・副代表・事務局長・会計 各1名
運営委員 数名 以上
郵便振込み先
口座番号
00990-1-82466
金城実事務局
大レリーフ「戦争と人間」大展示会 運営カンパ金
出資金のお願い 事務局長 服部良一
読谷飛行場跡地での100mレリーフ「戦争と人間」大展示会が終了してはや1年がたちました。
またアトリエ横のその制作場所の土地の購入手続きも無事完了し、「戦争と人間」の恒久設置に向けて整備をしていきたいと考えています。
決して本格的な美術館をつくるわけではありません。
今後とも末永く皆さんに気楽に訪れて見て頂ける場所にしていただきたいという思いからです。
今、石の彫刻にも取り組んでいる金城さんですが、この新しいスペースの完成のために皆さん、金城さんとともにもうひとがんばりしてみませんか?
1、目的 (1)アトリエ横敷地(150坪)に100mレリーフ「戦争と人間」を恒久設置する。
(2)現在あるすべての作品の展示・保管・補修を行う。
2、名称 完成までに公募して決める。
3、出資金・カンパ 目標額 1500万円
内訳 建設整備費・維持管理費に充てる。
(1)賛同出資金一口1万円を募る。ただし返却はしないものとする。
(2)特別出資金一口10万円以上を募る。
5万円を超える金額については返却を希望する場合は、運営委員会の承認を必要とする。
(3)任意のカンパを募る。
4、運営
(1)特別出資金者の中から推薦または互選により運営委員を選任し、適時運営委員会を開催し運営にあたる。またすべての出資金者に対し、運営状況と会計報告を行う。
(2)運営委員会には次の役員を置く
顧問 数名 代表・副代表・事務局長・会計 各1名
運営委員 数名 以上
郵便振込み先
口座番号
00990-1-82466
金城実事務局
大レリーフ「戦争と人間」大展示会 運営カンパ金
2008年04月09日
あなたの祖父は靖国に?!
「靖国合祀ガッティンナラン」訴訟が始まります。
ところであなたの血縁で靖国に祭られていませんか?
私は無関心だったので調べていなかったのですが電話で遺族の方なら簡単に調べられます。
靖国神社
03-3261-8326
靖国は戦争の死を管理するということでは徹底されたシステムです。
知らないうちにあなたの祖父は靖国に祭れていませんか
2008年04月02日
「戦争と人間」の写真巻物 貸し出し中!!
読谷村で展示した「戦争と人間」の写真巻物を作りました。
3.4m×25mの大きさです。
金城実さんの講演、報告会など企画していただければ一緒に見てもらえます。
イベントなどに貸出しも可能です。(3000円)
連絡先
tsujita@aqua.plala.or.jp
3.4m×25mの大きさです。
金城実さんの講演、報告会など企画していただければ一緒に見てもらえます。
イベントなどに貸出しも可能です。(3000円)
連絡先
tsujita@aqua.plala.or.jp
2008年03月08日
「靖国合祀ガッティンナラン」訴訟 を応援して!
「靖国合祀ガッティンナラン」訴訟
を応援してください!
ゆうちょ銀行振替口座
口座番号 01780―9―134886
口座名称 靖国合祀ガッティンナラン!訴訟団
を応援してください!
ゆうちょ銀行振替口座
口座番号 01780―9―134886
口座名称 靖国合祀ガッティンナラン!訴訟団
2008年02月09日
平和の母子像
平和の母子像
= http://yutaka901.fc2web.com/page2nax04h.html
男たちが戦場に向かったとき、女たちもまた勝利を祈った。しかし、広大な大陸や、はるかな海の島々では、数知れない人々の血が流されていった。そして遂に1945年、沖縄での惨劇についで、8月6日広島、8月9日長崎への非道な原子爆弾攻撃に至った。
ああ、あの閃光の下で、幾万もの男女、無数の母と子が灼かれ、ひき裂かれ息絶えた。あれから40余年、いま第ニの核戦争へとシグナルは点滅し、地球は破壊の淵にある。戦争も核戦争も許してはならない。命あるすべてのものが生きる、この緑の大地を、地球を守ろう。
それぞれの「あの日」を生きつづける女たちの、たぎる思いをひとつにあわせ,再び、あの惨禍をくり返さぬ誓いをこめて、ここにこの像を建てる。
1987(昭和62)年8月1日長崎平和の母子像を建てる会
= http://yutaka901.fc2web.com/page2nax04h.html
男たちが戦場に向かったとき、女たちもまた勝利を祈った。しかし、広大な大陸や、はるかな海の島々では、数知れない人々の血が流されていった。そして遂に1945年、沖縄での惨劇についで、8月6日広島、8月9日長崎への非道な原子爆弾攻撃に至った。
ああ、あの閃光の下で、幾万もの男女、無数の母と子が灼かれ、ひき裂かれ息絶えた。あれから40余年、いま第ニの核戦争へとシグナルは点滅し、地球は破壊の淵にある。戦争も核戦争も許してはならない。命あるすべてのものが生きる、この緑の大地を、地球を守ろう。
それぞれの「あの日」を生きつづける女たちの、たぎる思いをひとつにあわせ,再び、あの惨禍をくり返さぬ誓いをこめて、ここにこの像を建てる。
1987(昭和62)年8月1日長崎平和の母子像を建てる会
















